このエッセイは,2005年1月発行のJELF(日本環境弁護士連盟)の機関誌に掲載されました。
金 美穂
国防総省が環境保護法の一環から免除されるように連邦議会に大胆に働きかけている。”テロ対策”の名のもと、いちいち汚染だとか公害だとか気にしていられないというのがペンタゴンの主張である。ブッシュ政権下、驚かないにしても環境保護局までぐるになっているのだからあきれる。国防総省を正しく言えば”戦争総省“だと思うが、環境保護局もいっそ素直に”環境破壊局“と改名すればどうか。正反対の印象を与えるような名を付けたりするからこんがらがってしまう。現に第2次大戦後までは本当に”防衛”ではなくて、”戦争”総省だったし、今日の事態を考えれば、”侵略戦争総省”がぴったりだと思ってしまう。あるいはいっそ、人類環境破壊総省として合併でもすれば平和色濃い化けの皮もつるんとはがれる気がしないでもないこの頃だ。
先月、アジア太平洋において人類環境破壊総省(気に入ったのでこう呼ばせてもらうことにした)の手と足である駐留軍が集中する沖縄を尋ねた。那覇空港から那覇市内に向かう”空港通り”沿いに聳える柵の向こう側は見渡す限り黒い巨大な鉄の影。“ここは、米軍専用の港なんですよ。そして道路の反対側は、全部自衛隊の基地なんです”と、迎えに来てくれた沖縄人の仲間が教えてくれた。
予約を取っていたホテルに向かう途中、仲間が”私も美穂さんの部屋でシャワー入れてもらおうかしら”というから、なぜ、と聞くと、沖縄は水不足で夜10時からは断水らしい。でも、その間、米軍基地にびっしり敷き詰められた芝生にはスプリンクラーが始終プシュンプシュン。きれいに舗装された広い基地内では兵士がガーデンホースで洗車する光景も珍しくないらしい。本土から来る観光客も毎年沖縄人の3.5倍の水を消費している。山原(やんばる)の自然保護につとめる方も、”米軍にも大和にも搾取されているんや”と嘆いていた。目の前には、巨大なブロッコリーの様なイタジィの木が伐採されて、赤土がむき出しになっている山原の山が拡がっている。全部大和に運ばれてティッシュペーパーになるらしい。赤土が大量に海に流れ、その結果さんご礁が当たり一面死んでしまって、不気味な灰色の荒れ野になっていた。
日本全国に駐在する米軍基地の75%が国土面積がたったの0.6%しかない沖縄に集中している。基地内は土地をもてあましている程広々としていて、インフラがガタガタでせまい周辺の民間地域と対照的であった。ベイ・エリアでも貧困層の住宅が並ぶところは極端にインフラ整備が悪いが、沖縄はそれに加えて小回りが利く車でも角を一気に曲がりきれないぐらい狭い道路ばかりだった。基地があってこそ経済が成り立つと聞くが、こんなに多くの基地があってもまだ沖縄県は日本で一番貧しく、失業者数も本土の3倍だという。それにしては日本のゼネコンが多く進出していることを考えると、一体誰が利潤を受けているのか疑わずにはいられない。
伊江島では“戦争の準備があるところに戦争が起こる”といって疎開したものは助かったが、残ったものは全滅した。伊江島の土地は、まるで“勇敢に戦ったんだから当たり前の報酬だ“とでも言わんばかりに“銃剣とブルドーザー”によって接収された。今でこそ米軍は地料支払いを義務付けられている(思いやり予算が賄うらしい)が、契約ができない土地に関しては総理大臣が鶴の一声如く採決できるという現実があり、これを定める駐留軍用地特措法は沖縄にだけしか適用されないという。占領下でなければありえないような事態が現在も沖縄では起こっている。本土復帰したら米軍がいなくなると思っていたのに、いなくなるどころか本土の米軍基地までが沖縄に移設されて逆に増えてしまったと聞いたが、なるほど“沖縄はもう騙されない”と断言したくなるわけである。
アメリカ – もはや世界に君臨するジャイアン - は米軍基地縮小・撤退を要求する沖縄の声を無視している。一方、スネオ役の日本は“東京が安保をほしいのなら、基地も東京に持っていくべき”という最もな意見には耳も貸さない。沖縄を心から愛す沖縄人は、いくら泡盛やエイサーを好きでも米軍の負担を正当に共有するほど沖縄を好きではないんでしょう、と言った。足を踏んでいる側には踏まれた側の痛みが分からないが、足を上げる事をせずにやさしく手を差し伸べてくれるな、と。
私が見せていただいた沖縄は深く切り込む重い足の下で一生懸命対抗していた。沖縄は、“要石“なんかでなくて、”踏み石“というべきだろう。戦争屋達は本当に反対語を用いてばかりいる。
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